2004年6月1日火曜日

ご飯のコト

ちょっと文章で、最近ご飯を食べるコトについて思うことがあるので書いてみます。。

超長いんで、適当に読んでください。覚書みたいなもんなので。

私のご飯への欲求度合いというのは、あんまり高くないのです。

一人っこだからでしょうかねぇ、「これが食べたいっ!」とモーレツに思うことは、週に1度あれば凄いことだったりして、毎日毎日「食べたいものがない」感じです。「昨日は肉だったし野菜とりたい感じ」とかはあります。勿論美味しいものに出会うと嬉しいですよ。

色々あって(ってボンビー度合いが進んだ為なんですが)自炊を「きちんと」始めたのは、かれこれ2年くらい前からでしょかね。それまでは「今日は家で食べるか」とか「外に出るのが面倒だから」と言う気持ちで適当に作ってました。何か外食と横並びの選択肢の1つでした。「イエメシ」というのに出かけていた、みたいな。

最初はかなーり(昔のニキを見ると分かる)適当でした。あ、いや今も勿論適当ですが、まだ「面倒くさい」が先にたってた時期だったし、一人暮らしの多い高円寺在住だったため、惣菜屋もありましたし「残りものが安く手に入る」なんてので賄ったりしてました、ご飯だけ炊いて、とかかなり多かったです。出来合いのもの導入率が高かった。

料理ははっきり言って上手くないです。

左利きが器用なんてのは絶対にウソで(でもYっちさんとか{せ}氏とかも左利きだなーそいや。皆、料理ウマイな、、)、とにかく下手っちょなのですが、とにかくボンビに打ち勝つためには「下手でも作るしかない」、作るには買わねばならん、買うとお金が減る、それをどうやって抑えるか、、、の繰り返し。

私が恵まれて?いたのは、「割と好きなものだったら1週間続いても全然平気」「自分の作るものなら納得して食べちゃう」と、最初に書いた「食べたい欲求が低い」でした。

食べたい欲求が高いと多分、買い物のたびに「今日はアレが食べたいからアレを買う!」とかになっちゃうと思うのですが、私の買い物の仕方は全く逆で、とにかく「日持ちするもの」がまずメイン。ただ値段と少しばかりの欲求で「あぁ今の時期はこれ食べておこうかな」で、1品2品買う程度で、大抵うちの台所にある野菜はほとんど同じものばかりです。

[44が買う大抵台所にあるものリスト:野菜編]

長ネギ、玉ねぎ、キャベツ、ピーマン、トマト、もやし

(ちなみに今は上記の他に、空心菜とチンゲン菜があります)

こんなもんです。野菜だけじゃなくて肉や魚も同じ。

刺身は笹塚は何故か安いので、買ってその日のうちに食べちゃうことが多いのですが(なので今は高円寺時代の惣菜が刺身にとって変わってるかも>楽、手軽。上手くやれば次の日のお弁当に使える)、魚も基本的には冷凍しておけるものとかを買うことが多い。

[44が買うものリスト:肉野菜編]

豚バラ、合挽き、鶏モモ、鯖、鮭

(あと安くなってたら、海老は必ず買います!今は上記のものは鯖しかないけど、海老があります)

で、とにかく「今あるものたちでどうやって美味しいものを作るか」を考えて作っていきます。まぁ美味しいっても私の腕では限りがあるので、ひたすら考えて考えて作っていくのです。そして、勿論同時に考えるのが「次の日どうしよう」と「お弁当」のこと。

今は外食しなければ朝昼晩と全部作っているので、その配分と残り食材との相談。何とか延ばして組み合わせを上手くやって、週末前辺りに冷蔵庫がほぼ空になると「うおっっしゃ!」という気になります。

あと最近重要なのは「調味料」。

同じ食材でも、和・洋・中・その他?になるのはそういうのの力が大きいなーと。素材を生かす、なんてことが下手っちょの私にはムツカシーので、上手く美味しく頂くために、最近は調味料はちょっと値が張っても買うようにしとります。(なので、笹塚にカルディがあるのはありがたい。。外れが少なそうだから)



つらつらと書いてしまいましたが、、

食べることって、寝ることとかと同じで、本当に根本的な人間の活動で、イヤでもしないとならないことでもあるので、そのやり方とかで人生観って変わるなぁと言うのが、私が最近思うことでもあります。

前まではちょっとお金もあったので、あまり考えずに食べていたり、「新しいものならいい」とか「高いものならいい」とかそういうのもあったかもしれません、が、今は「目の前にあるものでどう満足するか」という気持ちの方が強く、それを2年間ほど続けていたら、そういう生活感、人生観になった気がします。大袈裟ではなく、体感したこと。

これからも多分、あんまり美食家でもなく、凄い欲求もなく、淡々と「目の前にある、手の届く食事」をしていこう、とか思ってるのです。