2008年11月4日火曜日

これから

昨日は泣いた。多分ここ数年で1番泣いた。前に仕事が決まらない時も酷く泣いたが、今回の方が酷くないたと思う。ずっと「1度、大泣きしよう」と思っていたけど、本当にずっと辛いなと思ってきていて、その気持ちがどっと出た昨日だった。

なんかもう本当に疲れてしまって、何でも気からとは言うけど、どれだけモチベーションをあげたりしてもどうにもならないことの方が多いんだ、って言うことに気づいたり、やっぱり1人でずっと居ることの意味はやっぱり誰にも必要とされていないからなんだ、って言う事実は、今泣いていない冷静な状態でも本当だな、と思えるのだ。

本当に必要とされるのならば、例えば音楽をやってても求める人がいる方向へ行っていたと思うが、そうじゃなかったと思うし、恋愛にしてもそうだ、結局出会いがないとは言うものの、私じゃないといけないという人がいないのだ。私一人で十分な人生だと言うことしか考えられないのだ。確かに多少のえり好みはあるだろう。でもそれを超えるような「必要性」というのがないのだ。だから、唯一「求められる」場所というのが、仕事であり、一番分かりやすい派遣(=労働力を求められる)を続けているのだと思う。

多分私は本当に寂しい人なのだろう。
何かに求めて欲しくて、何かに好かれたくて、生きているのに、そうじゃない。
だから辛くて泣いている。
悲劇のヒロインを演じたくないから、表には書かないけども、多分だからずっと寂しいまま生きてきたんだろうと思う。

親は親なりに私に愛情を注いでいるのかもしれないし、もう今となっては、昔のことで文句を言うつもりも、今も色々?なこととかあっても、もういいと思ってる。ずっとそうだから。多分この先もずっとそうなんだろうと思うし、そんなに簡単に変わらないことはよく分かってる。ようやっと謝った父だって、結局あれから20年近く経ってようやく、だったのだ。そんなに簡単に人間の気持ちとか根本は変わらない。

だから、親にどうこう言うつもりはない。
私はよほどのことが無い限り、親よりも長く生きてしまうだろう。
そのこれからある人生で、ずっと一人なんだな、って言う事実を、受け入れたつもりでも、やっぱり私は本当に子供の頃から多分、親の無限なる愛情は多分注がれていなかったと思うし、(愛情そのものがなかった訳じゃないのだけども、多分何というか、不足している状態かな)それをずっと引きずったまま大人になり、かつて付き合った人とすぐに同棲したいと思うのは、多分その頃の裏返しなんだろうと思った。

でもその中でも、どこか人間不信なところとか、私を好きになってくれた人が、本当に私の「女性である面」を見てくれた人がどれだけ居たのかが分からない。私の「男性的な部分」が好きだった人が多かったように思う。そこでのギャップで又苦しんで、結局甘えられないまま、別れてしまってきたように思う。

本当は私はべたべたに多分甘えたいんだろうと思う。
子供の頃に出来なかったようなことをしたいんだろうと思う。
多分単に抱きしめてくれるだけでいいんだと思う。

そんな風に思う私は、やっぱり寂しい人なのだと思う。

でもそんな私を丸ごと受け止めてくれる人は多分現れないんだろうと思う。

これだけ渇望していても現れない現実と言うのがある以上、一人で生きていくしかないんだろうなと。

本当に疲れてしまって、正直競馬ももう見る気力(競馬場に行って)が薄れてきてしまっている。
でもそれがなくなったら、多分私は本当に腑抜け状態になってしまうと思う。
生きている意味は考えちゃいけないと思うけども、楽しみとか感情とかも、全てなくなってしまう。
だから、最後の砦として残しているし、一度決めたことは続けたいから、何としてでも年末の大障害までは頑張ろうとは思う。

とりあえず、はてなに書いたけど、仕事に関してはすぐに仕事が出来るほどの知識がないので仕方ないし、淡々と言われたことをやろうと思うし、こういう「出来ない状態」でスタートするのがはじめてで戸惑っているけど、逆に「考えないように」やっていきたい。多分考えすぎると、イヤになってしまうと思う。出来ない自分のギャップに。今までにも散々思ってきたような「ダメだったらクビにしてもらおう」くらいに思いたい。別にもう今更クビになっても、もうどうでもいいし、もう何もないし、ずっとマイナスなのだ。

はてなに書いたけど、多分私は勘違いしてきたのだと思う。
確かにちょっと変わった人なのかもしれないけど、それがゆえに、何かが自分にはある、と思い込んできたのだろうと思う。

多分私はそんじょそこらの人となんら変わらないし、別に誰かよりも何かが出来るわけでもないし、能力だってない。
そえrが多分どこかで「自分は出来る人」と勘違いしてしまったのだと思う。特別な人だと思いたかったんだと思う。

でも私は、単なる貧乏な家庭に生まれた単なる一人の女で、いじめにあうくらいのしょうもない子で、特別何かが出来るわけじゃなくて、普通の人なんだ、だから、別に自分の持っている以上のことは何もないし、何も出来ないし、何も与えられないのだ。

本当に特別な人だったらこんな人生は歩んでいないし、こんなに辛いことなんかないはずじゃないか。

でもそうじゃないのだから、私はそういう人生を歩むべく、生きているだけなのだ。

と、もっと自分に言い聞かせたいと思う。
だから、何も考えず、夢を見ず、ただ淡々と、期待をせず、日々を過ごすことに専念しよう。


ただ、今日からまた韓国語の勉強ははじめた。
別に期待はしない。単なるボケ防止とでもすべきか。
多分一番近くて安くていける外国であり、自分の中に4分の1入ってる血である韓国に、もう1度くらいいける日が多分来ると思うし、その時のために勉強しよう、その程度だ。
平日は競馬をどうにもできないし、そのつなぎ程度でいいのだ。
仕事は正直すごく興味がある訳でもないし、頭を違うことに使いたいし、折角ならちょっぴりでも興味あることをやろうということだ。
夢じゃなくて、興味の部分だけ。
続かなくったっていいんだ。時間がつぶせれば。

死ぬ勇気ももてないし、何かが起こらない限りは、まだ私は生きていかねばならない。
なので、その時間をつぶすために、ちょっと暇つぶしをしたいだけなのだ。


そう、その程度に思って、生きていこうと思う。

競馬のblogは、ジャンプの方だけ淡々と続けようと思う。
ちょっと「うまきろく」の方は書く気になれない。
昨日の天皇賞秋は、すばらしいレースだったと思う。
でも今はそのすばらしさも受け入れられないくらいに、自分の寂しさと辛さが勝っているから。

神様は不公平だと思ったけど、違ったんだ。
私はずっとこういう状態だったんだ。
別に突然こうなった訳じゃなくて、よく考えたら、小さい頃からずっとこうだったじゃないか、と。
夜逃げ同然で瑞穂から羽村に移ったりもしたし、一度出た家に戻されたことだってあったし、借金取りが来たことだってあったじゃないか。それと今の何が変わるのかというと、一人で居るか家族といるかだけだ。
何も変わってない。

お金はずっとないし、これからも多分ないし、何かに追われながらずっと生きていくんだろうと思う。
で、最後は死んで清算することになるんだろうと。

だからもう神様は恨まない。
ずっとそうだったんだね、と思うことにする。
別に私は恵まれないから悲しいんじゃないということをもっと自分に言い聞かせよう。
恵まれないのは突然はじまったわけじゃなくて、最初からそうだったんだ、と。
ちょっといい時期があって勘違いしたけど、違う、あれはたまたまだったんだと。
もうあんなことはないし、最初に戻っただけ。

そして最初から私は一人だし、ずっとこの先も一人だし、誰も助けてくれないし、追われながら生きていくんだ。
別に強く生きていかなくていいから、夢を見ず、期待をせず、何も考えず、ただただクラゲのように流されていきていこうと。

自分すらも信じなくていいから、それでも今まで通り人には迷惑をかけず、でも一人で、生きていこう。

明日からの自分に向けて。44。