1)絶対に言わないことと、毎回言われること
先月の半ばに、ほぼぎっくり腰であろうものを患った。
ぎっくり腰自体は1度昔なったことがあったが、その時は完全に「力が入らない」ぎっくり腰で、今回は「激痛の走る」ぎっくり腰だった。
勿論病院へは行った。
とりあえず年齢的なものもあるし、ヘルニアなどだったらイヤだったから、それだけは調べておきたいと。でもそれはレントゲンに映っておらず、ちゃんとした巻き方も教えてもらえぬまま、適当に腰痛ベルトを渡されて帰宅した。
痛み止めは確かに激痛は和らぐ。
だが、全然本質的な痛みはなくならなかった。
これは久々に整体かカイロ通いか・・・と、府中で整体を探したら、値段が安く、本当かどうかはわからないけど競輪選手なども来るというところを見つけて、予約し行ってみた。
そこのページにはとにかく「本気で治したい人!」と書いてあるのだが、行ってみて訳が分かった。
いわゆる「ちょっと疲れたので癒されたい」じゃないけど、そういう気持ちでいくと「何にもしてくれない」風に思える。いや、実際はやってるのは分かるけど、そういう「癒し系」じゃないのだった。
勿論室内はきれいにしてるし、ちょっとごっついお兄ちゃんではあるけど、治したい!って言う気持ちがないと無理なところだった。
でも治したい!と思う人が詰めて通えるところだったのだ。
だから値段が多分安いんだろうと思う。(そういうのに通ったことがある人なら皆「安い」という)
本人の意識と、それに応える施術者。
それで治していけるんだなぁと通いながら思ってる。
その先生は正直、あまり言葉の語彙や言い回しとか話とか上手い訳じゃない。
でも私が今の今まですごい(?)と思ったことがある。
それは絶対に「運動してください」とか「痩せてください」と言わないのだ。
私は明らかに普通の体型からは太っているし、また運動もしてない。
勿論会話の中で「歩きたいなぁと思ってる」というと「あぁ歩くのは走るのと変わらないからいいですよ」とは言うけど、絶対に「だから運動しないからこうなるんです」とか言わない。
また体も触ってるから、どれだけ肉がついてるか分かってるはずだ。
でも言わないのだ。
大体どこへ行っても、また自分がそういうことに足を突っ込んでいた時にも、二言目には「運動しましょう」だった。
ただ運動してください、と言わない理由は勿論通ってすぐに分かった。
別に特別に運動なんかしなくてもいいから、とにかく「きちんとした姿勢」と「そのきちんとした姿勢で正しく歩いてください」と言うことだった。別に激しい運動じゃなくていいから、きちんとした姿勢で正しいからだの使い方で歩く(普通に)、それが一番体にいいことだから、と何度も言われた。
面白いなぁと。そんなこと言う先生が初めてで、最初はただただ腰が痛かったので、はぁ、、と言う感じだったが、良くなってきて、今はとにかく「正しく立つ」「正しく歩く」ためのストレッチとか運動?みたいなのをしている。しかもそれも「寝ながらでいいですから」とか「ちょっと電車の中でだけでいいですから」という。とにかく「普段できないことはしなくていい」と言う姿勢が凄くいい。
今回ちょっと詰めて通ってさすがにお金が、、なのと体自体は良くなってきたのd1ヶ月開けてもらった。
それはその間にその言われたストレッチとか運動を少しずつ続けて(それぞれは本当に小さいことなんだけど、それすら出来ないから)1ヵ月後にどう変わってるか見てもらいたいなぁと。
折角の良い機会だし、今までで一番すっきりした気持ちで受けてるし、毎回「正しい歩き方は一生使えるんですよ!」という言葉を信じて、ちょっとずつだけどやってみようと思っている。
2)私もそういう仕事がしたい
その整体の先生の言葉で、ちょっと目からウロコな言葉があった。
さっきから書いてることにもつながるのだけども、先生自体は人を施術している間も、自分で、その患者さんに対して言っているストレッチとかをやりながら施術しているのだという。
私もマッサージとかやっていたから分かるけど、はっきり言ってこれらの仕事は肉体労働だ。
人の足とかどんだけ重いんだ!(痩せてる人のでも結構重い)って思うし、自分に都合のいい高さのベッドで施術する訳じゃないから、腰にも来る。
でもその先生は「例えば中腰になった時には、自分の弱い部分を鍛えながらやってるんですよ」と言いながら、さっき自分に教えてくれた運動のアレンジ版を見せてくれたりする。
「そうやって患者さんもよくなって貰いながら、自分も健康でいられるんですよ」
それってなんて凄いことなんだろうと。
さすがに今アロマとかの仕事をいきなりはじめて、とかってことじゃないのだろうけど、今の仕事を顧みると、というか会社の性質を考えて、そういう気持ちにさせられる・したい気持ちが起こらないこの会社での仕事って本当にしんどいなぁと。
ただただそう思った。
もし一生使える体?が手に入ったら、きっと今の自分の母みたく長く働けるだろうし(私はずっと働いていたいので、そうしたい)でもそうやって働いていくなら、そういう気持ちで働ける仕事をしたい、そう心から思ったのだった。
心身ともに色々と教わっている整体通いなのでありました。