2008年9月17日水曜日

ギャンブルはやらなくて

…と私が競馬をはじめて、会う人によく言われる(?違うな、聞く?)言葉。

今日ね、競馬情報のとあるサービスで対談が載っていたのです。
その対談の相手は、まぁ競馬新聞の記者さんで、ごっつヤクザみたいなオッサンなんだけど、ちょっと愛すべきオヤヂ、みたいな人で、私は結構好きなのですわ。

そこの昨日の対談での言葉に、昼間からぐっと来ましたの。


(馬券をどうやって買うか、というような話の流れで)

聞き役「で、最後のところは自分次第というわけですね」

その人「そう。馬券で儲けられるかは、勝負根性があるかどうかなんだよ。
1日12レースのうち、10回当たる奴なんてそうはいない。
当たるとしても2つか3つでしょ。
その当たるときに金をはれるかどうかなの。
それが博打の原点。
その、金をはれる根拠は何かってことだけだよ。
それが自分を信じるかどうかってことなんだよね。」


確かにね、競馬は博打であり、ギャンブルなんですけど、これ読んでて「人生も同じだよ」ってすぐに思った。

私はお金ないんで、もう当分(?)出来ませんけど、ふと思ったのは「家を買う」こととか、ちょっと高価なものを買うこと。これだって、下手すればギャンブルでしょう。それはたまたま対象が分かりやすいものに投資をするだけで。でも、分かりやすいけど、本当にその人にとっての「リターン」があるかどうかなんて、買ってみないと分からないのです。

モノだけじゃなくて、人にしてもそう。
経験にしてもそう。

結局「これだ!」って時に、金(とか時間とかもろもろ)をはれるかどうかって、
誰しも経験があるような気がするし、
私なんか、まぁ波乱だらけなんで、競馬の方が幸せなギャンブル、
人生の方がギャンブル性に満ちてますからね。


私が競馬をはじめて、、、ここんとこずっとの目標は「自分をどれだけ信じるか」。
まさしく、この方が言ってる通り「これだ!」って言うところに、自分の気持ち(とお金)をはれるかどうかって言うところが、、、
私は案外ヘタレで。
信じきれない。
強い思い込みをもてない。(まぁ思い込みを持たないように生きてきたのもあるからなんだけど)

だからプレッシャーに弱いし、信じる力、特に「自分」を信じる力が弱いんだよね。

多分単に「競馬やってまーす」だと、ギャンブルやってーとか馬好きなのねーと思われるけど、
私にとっては、まさしく人生一番の勉強が、
馬券1枚買うことの意味、
になっていたりするのです。


もっと、強くなりたいなぁ。そういうとこ。