2008年9月21日日曜日

『偶然の音楽』


金曜日に見たお芝居のことを。

昨日、大阪からの帰りのバスで、早々に眠くなっていた私はPHSに入れた音楽を聴いていて。そこから流れてきたのは、ピンクフロイドの「虚空のスキャット」

あの曲は、元から何というか、何ともいえない雰囲気があるけども、聞きながらこのお芝居の風景を思い出した。何ともいえない、虚しさと秘めた狂気とも言うか、聞きながら「あぁあのお芝居は、フロイドの音楽がピッタリだな…」と思いながら、ウトウトとした。

(ここからややネタバレするので、イヤな人は見ないで下さい。)

私は音楽にしろ(苦手だけど)映画にせよ、そういうものを割りと感覚的に捉えてしまう。
だから、終わった後はぐったりする。疲れる。
このお芝居も見終わってから、疲れた。内容が重いとかじゃない。
また、理屈で考えるお芝居でもないから、そういうのが割り切れない人は多分つまらないお芝居なんだろうけども、私には疲れはあったけども、非常に面白いお芝居だった。(音楽を聴いた訳じゃないのに、三半規管がグラグラしてました。いわばちょっとした「酔い」状態に)

『結局権力なんだな、金なんだな』
そんなことはこのお芝居の一番のテーマじゃないんだけど、このお芝居の途中までに非常に痛感した。

主人公と偶然知り合った青年は、あることをきっかけに、金持ちから借金をする。
それを返すべく、「石を積む」という非常に単純な作業をするのだけども、返し終わると思った間際、その「返す」ために結ばれた契約の一部が、「口約束だった」ことを知り、借金生活が(ほぼ)振り出しに戻ってしまう。

その事実の直面は、何というかまさしく今の私の状況だったり、またもっと大きく考えると、「世間一般のサラリーマン」の肖像な気がした。結局、金を持っているものはどこまでも余裕で先のことまで見据えているし、そうじゃないものは慌てふためいてて、その場のことしか頭にないのだ。そこには雲泥の差がある。

日々怒りを覚えながらも淡々と石を運ぶ行為は、毎日の労働人の姿であり、権力者に会いたくても会わせてすら貰えないのは、まさしく一般会社社会そのもの。

前にここで書いたかもしれないけど、「あぁ、やっぱり、一度チャンスやお金を逃した人には、もうほとんどチャンスって来ないんだな」って思った。(一応主人公には、チャンスはあったので、尚更思った)



『石を積む行為』
やっぱりこのお芝居の一番のキモ・ポイントは、主人公の「石を積む」という行為だ。

上に書いたことに繋がるのだけど、その借金を返すべく、ただひたすらに石を積んでいく作業は、勿論目標はあるにせよ、正直先の見えない行為だった。

しかも主人公自体が「何かを探している」途中である。
元はと言えば、主人公の父が亡くなりいきなりそこそこの遺産(お金)が入ってきたことで、それまでに妻に逃げられ子供にも振り向いてもらえず、好きになった女性にはフラれながら、本当に自分のしたいことは何だろう、自分とはどういう存在だろう、と言うことを思いつつ、どんどんお金を使っていき、挙句、借金生活に入り「石を積む」日々を送ることになってしまった。

そんな先の見えない状況の中で、その彼らを監視する(借金を返すために、きちんと労働しているかを監視する)人が、ふとした時にこういうようなことを言うのだ。

「いや、こういう生活も悪くないかもしれん。確かに石を積むだけだが、石は確実に積まれていく。そして、それは永久に残る。自分のやったことが、形になるんだよ。」と。

そこで主人公は少し目覚めたのだろう。
一緒に石を積むことをしていた、青年は、自分のことは自分で決めたい、縛られたくない、運命を信じる青年で、勿論若さもあっただろうが、たぶんに「面白くない」と思ったのだろう、ある時点(本来の借金を返した時点←その寸前でまた増えるのだが)で、逃げ出すことにした。それとは反対に、主人公は「ここで逃げ出したら、今までと同じだ。」と残ることを決意する。

また主人公は、妻に逃げられ子供に捨てられたが、それとは別に好きな女性にフラれ、その時に言われた言葉は、

「あなたの約束は、アテにならないのよ」

だった。事実、その劇中、あるアバズレの女性に出会い、とあることを頼み、そのアバズレ女性にある「約束」をしてもらったのだが、それは守られなかった。それも多分、自分の裏返しだと感じたのだろう。常に逃げることを考え、約束したことを守ることが出来ない自分を、どうにかしたかったのだろう。
それが、一人になっても、ただひたすらに石を積む行為へとつながっていったように思える。

あの言葉がなければ、とにかく逃げることしか考えられなかっただろう一言だと思った。

・・・・大きな点で、感じたことはこんな感じ。

終わった後、トークショーがあって、結構「この劇のラストはどうなる」的な話があったんだけど(ま、いわゆるよくある「死んだの?生きたの?」みたいな)、私はそこじゃないなぁって思った。そんなこと、どうでもいいんじゃね?って。死ぬときは死ぬんだし、そこがキモじゃないよ、と。

それはともかく、石をただ積むだけの人生の中で、孤独にうちひしがれて少し狂気へ走る姿や、淡々と積まれていく石の壁、また運命を信じる青年とそんなものは無いと信じる主人公の思想の葛藤、とかが、私自身は本当に「ピンクフロイド」だって勝手に思えてならなかったな。(と、昨晩「虚空のスキャット」を聞いてから、なんだけど
別に「この言葉とこれ」(元からフロイドの歌詞は、あんまりきちんと読んだことないので分からんのもある)、とか、この曲がどこで、みたいなことじゃないんだけど、世界観のような雰囲気のような、そんなものなんだけど。

もしピンクフロイドが好きな方(笑)は、まだ今月中はやってるみたいで、当日売りもあるみたいなんで、良かったら見てみてください。あと分かりやすいのが好きな人には、オススメしないです(苦笑)。



あと、昨日大阪で風呂に入りながら、、
私自身の「石を積む行為」って何だろう、と思った。
素っ裸で(笑)空を見ながら、ぼんやりと。

私は主人公や、また逃げた青年と全く同じで(足して2で割る感じ)、逃げてばっかりで、でもだからと言って守るものを持ちたくないし、別に何も残したくないとは思うのだけど、、、特にモノは、、、でも、多分「自分に何を残すのか」って部分。(ま、多分主人公も同じだったと思うんだけどね。たまたま、あの状況では目に見える「積まれた石」が一番分かりやすい形だっただけで)

でもね、サウナ入って風呂入ってサウナ入って風呂入って、もう1度夜空の下に出た時に「あー、これが私の石かもしんない」ってことが見つかりましたよ。多分ね、それしかないわ、って。

音楽やってた頃や、今も仕事とかで、「認められたい」欲があったけど、それに関してはそんなの無いなって。
だから、このお芝居、実は誘われて見に行ったんだけど、(しかも事前知識0.どんな話なのかもよく知らないまま)多分、私にとって「見るべくして見た」タイミングと内容のお芝居だったようです。

そして、人間はたまにはまっさら・何もまとわない・素っ裸になって考えるってのも、いいもんだね、と(笑)