2008年8月8日金曜日

泣きましたよ、ちょっと

やる事もやりたい事も、とりあえずないのです…

■泣きましたよ、ちょっと。

 赤塚先生の告別式でのタモリさんの弔辞、凄いです。
 何度読んでも、深さ、二人の結びつきと、歴史、赤塚先生の懐と器の広さ、運命、出会い、などなどを思って、ぐぐーっと涙が出ました。いや、本当に出来すぎるくらいのコメントでしょう。「私はあなたの作品の一つでした」

 そんな出会いは、私には一生、来ないんだろうなぁ。

■出会いと言えば。

 前にTimelogをやっていた頃(突然思うことあり…つか、疲れて止めて、今は気楽にツイってます)にメモってたページがあって、100shikiだったかidea*ideaだったか、ってどっちも同じか?、そこで本の紹介をしていて内容が「有名になるためには」って言う内容。その内容がね、物凄い私的にヒットでして。

 どういう内容かって言うと、簡単に言うなら、こんな感じです:

 「有名になりたければ、自分が有名になる努力をするのではなくて、有名にしてくれる人と出会いなさい」

 ちなみにこの言葉を吐いたのは、かの欽ちゃんです。


 私バンドをやっていた頃、応援してくれる人は確かにいたと思います、少しでしたが、、。同じように演奏してる人からそうじゃない人まで、沢山いたと思います。でも私、もっとすごい認められたくてね、、もっと沢山のいろんな人に。

 何度も同じこと書いてるけど、何で音楽止めるのか、止めちゃったのか、ってところは、やっぱり私、「選ばれなかったなぁ」って感が凄く強くて。曲作ってライブをすれば応援してくれる人はいても、そこまで持っていく時のパワーをもう自分で持てなかった。だって、すごいぶっちゃけた言い方するなら、「一緒にやろう」って言ってもらったことがほとんど無いんだよね、私。全くないとは言わないけど。言ってくれる人はいても、その先はなくって、私の嫌いな「今度のみに行きましょうね~」と社交辞令で言うけども絶対に成立しない約束、みたいなのが多かった。そうしている間に経済的にも通常の生活を送る精神的にも、ダメージが大きくて止めちゃったことにつながるのです。

 多分、音楽はそこまで好きじゃなかったんだけど、なんか奇跡で続けていたんだろうなぁ。
 勿論その奇跡的に続けることが出来た時の「出会い」って言うのは大きかったと思うけども、でもその先の「もう1歩先へ進むための出会い」って言うのは無かった。だから、多分私は、音楽をそれほど好きでもなかった、なくなったし、そんな音楽からは愛されなかったのでしょう。

 もうこの先、別に恋愛と言うことではなく、新しい出会いってあるんだろうか。
 いや、それを求めたくて、ずっと派遣で仕事してんのかもしんないな。

 なーんて、ちょっと言い訳。