2006年10月1日日曜日

韓国旅行のコト

忘れたいことだらけなのだけど(苦笑)、とりあえずこっちはほんちゃんの(?)日記なのだし、ある程度のことは書いておこうと。実際の具体的な行動とかは、表に箇条書きで書いたので割愛。

書きたいことは、この旅で得られたことなど。

儒教の国で、年寄りには優しいと聞いていた。
確かに、うちの両親は結構なお年なのもあり、各所でガイドによくしてもらったところはあるっぽいけど、それでも、一緒にいる身としては、何か、日本でもあるけど「老人だからダマしてモノ買わせよう」っぽい動きが多くて凄くイヤだった。

明らかにそうじゃなくて、そういう風に仕向ける、みたいな空気が凄くあった。私の嫌いな空気だった。

そもそも私が旅行と言うと、いわゆる普通の人が行く「観光目的」というので行かないからかもしれない。

私が旅行へ行くのは、心躍らせてワクワク浮かれるということをしない、というのが私の旅の形だし、モノは買わないし(美味しいものは食べるけど)、めぼしい観光施設なんか目的があれば別だけど、ささっと見るだけでいいし、そういうところからして、あの市場や、案内するガイドの「どうせ日本人だからモノ買うんでしょ」的なのが、最初っから凄く違和感バリバリだった。

両親と行くということだけで憂鬱だった訳で、ある程度覚悟していたものの、もうなんでもかんでも「アンタ聞いてきて」「アンタ調べておいて」ときたもんだ。

そもそも私が行きたいと言い出したのではないのに、ガイドブックも買ってないし、細々とした(空港などで渡す)書類も空白のまま、「アンタ書いてくんない?」。

これまでほとんど人任せ、また「完全ツアー」でしか海外に行ったことがない人たちには、そういうツアーのない韓国は、向いていない(それは本人たちも認めていた)(ちなみに今回はJTBであれこれ注文つけて組んだので、よほどのことがない限りそういう「完全ツアー」は韓国にはないのだろうと思う。ほとんどがフリーツアー)

表にも書いたが、結局タクシー乗るにも私が行き先を告げたり「違う。ここじゃない」というのも言う訳で、お金も出して、結局私が持っていった(微々たるもんだけど)お金も、全部そういうお金に消えていった。お土産は元からそんなに買うつもりはなかったけど、きっちり使い切るつもりはなかったのに。

上に書いた最初の項目と直前の項目の顕著だったのが、有名な南大門市場へ行った時。

とある韓国海苔売り屋に、まぁある意味つかまったのだけど、まぁ別にいいのだけど、私もこれは迂闊で、「いいんじゃないのー?」なんて軽く返事していたら、結構な量の海苔を買ってしまったことになり、結構な金額になっていた。

これは私の反省点でもある。
ガイドとかもいたし、両親の案内を任せていて、少し開放された気分になっていたんだろうけど、それにしても、それでまさか、この旅行代金以上の金額のお土産を「海苔屋」で使うとは思わなかった(その場ではカード払い)(ただ申し訳ないから、私は、のんちゃんじゃないけど、少し借金して両親に払うことにしている…まぁ一部を買い取ってるので仕方がないんだけどね…)。

それが元で、その夜突然、寝ようとしていたのに母親とかは「あんな金額出してしまって気になって眠れない」とか言い出して、ガイドに夜中なのに電話したり、荷物をホテルに届けてもらったのだが、それが届くともう寝る準備をしていた私は再度着替えてフロントまで行き、中身を調べたりしたりと、とんでもないことになった。勿論言い争い状態だったし。

まぁ私はブランドものには一切興味がないから、プラダだヴィトンだののバックを買ったと思うと、全く遜色ない値段だし、嫌いなものじゃないし、お土産にもなったからイイっちゃイイんだけど、値段よりも、両親はいつもそうやって、浮かれて踊らされてお金に苦しめられてきた歴史をもう忘れてしまってんだな、平和ボケだなと思った。

昔からそうだったからね、、、、
ま、金額はたいしたことがないだけ良いんだけど。

また他のツアーで行った先でも「ここでは買い物」とかのエリアがあって、買えと言わんばかりだし、正直もううんざりだった。(そもそも着いて、その次の日の午前にその金額を買ったので、もう何も買えない)

まぁとにもかくにも、人をガイドのように扱ってくれて、ひとつの感謝の言葉もなかったから、私も「楽しかった」とは決して言わなかった。

また向こうのホテルに居た時、韓国料理に飽きたって話しから旅行の話になった時に「アナタたちはこういう旅行はあわないから、きちんとツアーのある国へ旅行へ行ってくれ」と言ってしまった。

母からは「今度台湾とか行こうかー」とか言ってるので「今度は2人で行ってください。私は友達と行くので」と言ってしまった。

国内ならともかく、海外へ行くと、何でもかんでも人にやらされて、こっちは旅行の気分なんか1つも味わえないって言うことを、この人たちは一生分からないんだろうな、と思った。

そして、それと同時に思ったのは、きっと両親を最後まで面倒見ていくって言うのは、こういうことの繰り返しなんだろうと思った。

知り合いのYさんは、お父様が既になくなられてお母様しかいらっしゃらなく、その面倒をよく見てらして「大変」と言ってるのを何度も聞いてる。勿論それは認めるけど、申し訳ないけど、こっちは「2人」だ。ずっと2対1。私の意見なんてほとんど通らないし、こっちが文句言おうもんなら、大体が逆切れ。

そんなことが、この先ずっと続くのかと思ったら、その日が来るまで、私はずっと一人で居たいし、旅行なんて一緒に行くもんか(国内はまだしも海外は絶対に行かない)って思った。

腹が立ったのは、向こうのその南大門市場を歩いている時、子供用品が売ってるお店があり、ガイドが私が独身だとしると「なんで結婚してないの?早くお父さんお母さんにこういうお土産かえるようにしてあげなきゃ!」とか言って、母までつられて「ホントよねー言ってやってよ」とか言ってる始末。

もうその場でよっぽど暴れ狂ってガイド殴ってやろうかと思ったし、かなりキレてやろうかと思ったけど止めた。

この人らには多分理解できないだろうと思ったから。

誰のせいで結婚できないと思ってんだ。
あんたたちみたいな人がいるから結婚できないとは考えたことがないのか?

面倒なことをいつもいつも押し付けるような両親を持つ、30代後半の女のところに、男が寄ってくるのかどうかってのを真面目に考えろ、って思った。

(本当に真面目な話、前まで入っていた例の「真面目な出会い系サイト」に、一人っ子だから両親の面倒を見ないとならないかもしれない、と書いてあることで、断られたじゃないけど、ひとりっこはちょっと・・・と言うことを書かれたことがあった。)

私の最後の反抗は、いつまでも結婚せずにいることだ、ってはっきり思った。勿論それを超えるような人が現れれば別だけど、そういう気配は全くないし、この先ずっと続くのであれば、その面倒なやつらと一生付き合うことを、私は選ぶことにしたのだ。よそ様に迷惑もかけたくないし、そんなことがあることで、相手に気を使わせるのもイヤだし。

両親と離れて、リムジンバスに乗って新宿まで来て自宅に戻った時の開放感はたまらなかった。

私は多分誰かと一緒に住むのも無理だろうし(同棲した歴は、元彼の前もそうだったし、結構長いのだけど・・・もう無理かも)、もう一人が本当にラクに思えてきてしまった。

誰にも邪魔されたくない、
一人で好きなように自由に生きたい、

あの人らと居ると益々その気持ちが強くなって、もう恋愛をしたいとか子供が欲しいとかは、どんどん遠くなるのが分かった。

だからある意味、この旅はいろんなことの覚悟とか、自分のこととかが分かったことは、良かったと思うしかないかな、と思ってる。

だから、旅行の思い出なんて、正直ないんだよね。